日々たんたん スイス編

スイスの生活。最終形でアップしていないので内容変更あり。

学歴

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東大の事件、人生東大だけではないと思うのは大人になってわかることで、その年代にしたら重要なことだったのだろうと思う。

進学校に通っていると、東大以外は選択肢はなく、慶應、早稲田に進学しても劣等感を感じるらしい。上司の息子がそうこぼしていたと聞いたことがある。

物凄く頭が良くない限りは超進学校ではなく、二番手の学校へ行ってトップを走っていたほうが良いと叔母も言っていた。

従兄弟も超進学校へ中学から通ったものの、3バカと呼ばれるほど落ちこぼれ高校進学も危ぶまれたが、性格がいいという意味不明な理由で高校に上がらせてもらえたそう。

大学は早稲田へ行ったが、世間でいえば良かったねとなるところ、その学校ではあーぁとなるのである。世間とズレた世界で、10代にして物凄いコンプレックスを抱えることになり、本来なら持たなくて済んだのになぁと思う。

中学受験→良い大学へ→良い就職への構図は私の時代と変わらないどころか、さらに激しくなっている気がする。私の頃はクラスに2.3人だったけれど、友達は子供に中学受験させている人が多い。

スイスの場合は早くて15歳から働き始め、週一は職業専門の学校へ通う。進路を決めるのが早すぎると言われるが、中学の時点で何回も興味のある分野で職業体験をし、自分の好きな仕事につき、違うと思えば進路はまた変えられる。

事務系、職人系(パン屋や大工さんなど)問わず皆、誇りを持って仕事をしている感じで、職業に貴賤なしで、学歴社会でもない。

お医者さん→凄いね 頭良いね とちょっと人より尊敬されるブランド力のある職業として扱われるのではなく、お医者さん→ 勉強好きなんだね といった扱われかたなのだ。

良い学校=良い就職=良い生活なのだろうけれど、スイスのようにどの職業でも十分稼げれば、勉強!勉強!とならないのかもしれない。

もちろん、職業の中でも賃金の差はあるけれど、暮らしていけないという職業はないと思う。暮らすというのは、余暇の旅行も含めてである。

お金に直結するから、学歴が必要なのだろう。スイスのように手先が器用だから大工や技術者になるとか、それぞれの得意分野を活かせるよう、どの職業でも十分余暇もあり、稼げる社会の仕組みがあれば、学歴の呪縛は解けるのかもしれない。

写真: 街のライトアップ企画。

街の色々なポイントでライトアップが2週間ほどされていて、すごい人手でした。